「石炭と思って」

/

石炭と思って燃していたものは命であった。
靴と思ってふんだものは血のつづく蹠(あなうら)であった。
指を切って畝に蒔き
心臓をきざんで家畜に与えた。
風が樹々の竜骨を喬く揚げる時
彼等と共に夜じゅう巨浪をのりこえた。
あすの朝こそ私は薔薇の蕾になろう
あすの朝こそつめたく散る滝になろう
その祈りで年を経た。
雲間に心を射るような瞳がみえた
と思ったら
それは新月の昇ってくるのだった。
目にもとまらぬ速さであじさい色の空を泳ぎのぼる
おおあの月が西の天末に
しずかにしたたり落ちるまでに
私は自分と見わけもつかぬ泥の上衣をぬいで
しばしの床に自分をやすませよう。

海は陸へと 思潮社 永瀬清子

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です