
永瀬清子タペストリーについて
永瀬清子は1906年に現赤磐市松木で生まれ、父親や夫の転勤で金沢や名古屋、大阪、東京で暮らした後、戦後に松木に戻りました。4人の子供を育てながら初めての農業に従事し、ここでも多くの詩を書き残しました。岡山県内には33カ所の学校の校歌を作詞や補作をしているので、彼女の言葉に触れた方も多いのではないかと思います。
明治に生まれ、大正、昭和、平成と詩を通じて、時代ごとの立場や視点を永瀬清子の言葉には、国語の教科書で見かけた詩とは何か違う所がある。その差が知りたくて、もう少しそばでゆっくり味わいたいと活動しています。その記録と関わりをタペストリーのように飾りたいと思っています。
三谷朗裕